17. 1月 2016 · 楽譜が読めることと音楽の才能とは違う はコメントを受け付けていません。 · Categories: ピアノレッスン, 音楽文化

音楽の才能とは「音感」である

 

世の中には、音楽に苦手意識を持つ方もいらっしゃると思います。

「自分は音楽は全然(^ ^;; 」

「聴く専門で。。」

とかおっしゃる方から時々聞こえてくる言葉は

「楽譜が読めないし」

だったりします。

そうなんですよね。

小中学校の音楽の授業のトラウマでしょうか、

なんか「楽譜が読めない」っていうのがすごく

「音楽に向いてない」

「縁がない」

「才能がない」

と同じであるかのように思われてるフシがあります?

って、私は感じます。

 

でもね、それ違うんです。

楽譜が読めることと、

音楽に向いてる・才能があることとは別!

 

なぜかというと

音楽で本質的にいちばん大事なことは

音を聴いて感じること。

つまり「音感」だからです。

 

楽譜の読み書き以前に、

音が聴き取れることが最重要なのです。

だって、音楽って耳と聴覚によって感じるものだから。

音楽は聴覚による芸術。

あたりまえですよね。

 

本来そこに「視覚」の入る余地はないんです。

原初的にいえば、ね。

 

だから洋の東西を問わず

昔の音楽は楽譜になんか書かれていません。

即興や、口伝え、耳伝え。

マネして覚える世界です。

 

音が聴き取れて、マネできる人が

音楽に向いている人であり、音楽をやる人であり

素質がある人ということになります。

 

楽譜の普及で音楽の裾野が広がった

 

しかし、音楽の再現性を高め、標準化する必要性から

中世以降、ヨーロッパで楽譜が発達していきました。

時代の変遷によって記譜法はどんどん洗練され、

これはたいへん機能的でよくできていたので、

世界標準ともいうべきものになっていきました。

 

現在、私たちが楽譜とよぶものは

通常このスタイルのものですね。

(邦楽にはまた別の記譜法がありますが)

 

このヨーロッパ式の楽譜のいいところは、

どこにいても、どんな人でも、

その音楽を作曲家が考えた姿にかなり近いところまで

再現することができるというところです。

口伝え、耳伝えの必要性の割合がかなり減っていますし

即興性もあんまり必要なくなりました。

 

もちろん、厳密な意味では

先生にレッスンしてもらわないと

微妙なニュアンスや本質的なことはわからなかったりしますけれども、

とりあえず、読んでその通りやればなんとかなるんです、楽譜って。

 

ということは、です。

音感がなくても、音楽ができるんですよ!

 

楽譜を読むという作業は、

視覚情報を身体動作(手の動き)につなぐ訓練ですから

訓練さえすれば、音楽ができる

ということになるのです。

音感の有無はともかくとして!

 

ある意味画期的です。

 

この楽譜システムのおかげで、

「楽器を習う」という習慣が

こんなに全世界的に

一般家庭のあらゆるお子さん達にも

広く普及していったのではないかと、私は考えています。

 

音感という素質がない子でも、とりあえず習える。

楽譜を読む訓練をすれば

それなりに上達したかんじがする。

 

そうやって「レッスン業界」の分厚く広い裾野の層ができるというわけです。

多くの先生達も、それで食える。

そこそこのレベルの楽器が裾野広く売れる。

経済が回る。

よくできています。

 

そしてその中から、

本当に音感のある人、素質のある人が

伸びていって、プロになったり

あるいは先生になったりしていくのでしょう。

 

「暗譜(あんぷ)が苦手」なわけ

 

よくね、

「楽譜を読んで弾くのはできるけど、暗譜は苦手」

という方がいます。

 

これはなんでかというと、

視覚 + 手の動き の反応で弾くことはできるけれど

実はそこに 聴覚・音感 がほとんど絡んでいないからです。

つまり、

耳で音を、音楽を覚えていない ということ。

 

こういう方にとっての「暗譜」とは

まさに「楽譜を暗記すること」になっています。

完全、左脳です。

そりゃームリだ ┐(´ー`)┌

 

音楽は耳で覚えないと、覚えられません。

 

逆にいうと

楽譜は読めないけど

聴いたらすぐに覚えてドンドン弾けちゃう

みたいな人は

耳で音楽を覚えているということであり、

それを「音感がある」といい

そういう人こそ、音楽に向いている人、素質がある人

というのです。

 

というのは私の解釈ですけどね。

 

でもね、

よくピアノを習っているお子さんが

レコードなどを聴き覚えて弾いてしまうことを

良しとしない先生もいらっしゃいます。

「楽譜を読まなくなるから聴いちゃダメ!」というわけです。

これも微妙ですよねえー。

 

聴き覚えて弾けるぐらい、

その子は本当の意味で音楽の才能があるともいえるんだけど

でも楽譜を読まなきゃはじまらないクラシックという世界では

その能力をいったんストップさせられなければならない。

 

どちらも一理あるだけに、

ほんと微妙です。

 

いろんな音楽の世界があるから

 

もちろん、西洋クラシック音楽をやるのであれば

やっぱり楽譜が読めることは必須です。

あるいは、

プロのミュージシャンとして音楽の現場で仕事をしようと思ったら

楽譜が読めないとちょっとね・・・というのはあります。

 

しかし本来音楽とは

楽譜が本質ではないし、

楽譜のみで成り立っている世界ばかりではない

ということも、わかっておいていいと思います。

 

楽譜に縛られない、楽譜を必要としない

また別のパラダイムの音楽の世界もあります。

 

そういう世界で音楽を楽しむことは十分ありですし

「聴いてわかる」という音感があるのなら

十分音楽のセンスはあると思っていいんじゃないか。

 

私はそんなふうに感じています。

 

 

 

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