29. 4月 2017 · スケール(音階)はやっぱり必須! はコメントを受け付けていません。 · Categories: コード理論, ピアノレッスン

必ず出てくる「スケール練習」

 

どんな楽器でも、ちゃんとマスターしたいなら必ず通るもの、それがスケール(音階)練習ではないかと思います。

初心者レベルではまだ無理ですが、ある程度音が出せる・指が動く、といった段階になったところで、多くの教則本がコレを出してくるはずです。

 

私たちが通常「音楽」と言っている西洋音楽においては、長短あわせて12個の調があります。

スケール練習とは、この12個の調全てを覚えて、スムースに、最終的にはできるだけ速く美しく弾けるようになるための練習をいいます。

クラシックのピアノですと、いわゆる「ハノンの39番」というやつ。

これがスケール練習のスタンダードなのではないかと思います。

音大の試験には必ずといっていいほど、スケールの課題があります。

 

もちろん、スケール練習はクラシックだけではなく、ジャズでもポップスでも非常に大事。

必須!

ぜったいに必須です!

しかも、頭で覚えて記憶再生するのではありません。

「手」が覚えて自動的に弾くのです。

つまり寝てても弾けるくらいまでやれ! ということです。

そこまでやれてこそ意味がある。

 

なかなかスパルタなお話のようですが(笑)

それはなぜか、というお話をしようと思います。

なぜスケールが必須なのか(クラシック編)

 

西洋音楽では、調と和音というのが非常に大事です。

今これが何調なのか。

その中で、今これは何の和音なのか。

それによってメインで使う音が決まっています。

 

で、その調の使うべき音の中で、隣り合っているものがスケール。

その和音の中で、特定の間隔で「飛び石」になっているのがアルペジオ。

 

そして音楽というのはほとんどが、スケール(音階)とアルペジオ(分散和音)の組み合わせで作られていると言っても過言ではありません。

だからこそ、スケールとアルペジオがスラスラ弾けることは、そのまま曲がスラスラ弾けることに直結してくるわけです。

 

楽譜に書かれた無数の音符を、何の根拠もわからず一個一個読んで覚えていたのではラチがあきません。

しかし、隣り合ってつながった音群を「あ、ここは◯◯調のスケールね」と把握できれば、一番下と一番上を確認して、その間を手が覚えたスケールでダーッとつなげばよいだけなので、早くて楽なのです。

 

そして、西洋音楽の調は12調。

シャープやフラット1個の調から、5個〜6個の調まで、いろいろあります。

「調の中で使うべき音」がスケールですから、つまりその調によってシャープやフラットがつく音が変わってくるわけです。

これをいちいち楽譜を読んで「えーと、ここはシャープで、ここはなんだっけ??アレなんか違う、シャープ落としちゃった・・」とやっていたらどうにもなりません。

それをスケール練習によって手が覚えていれば、曲の中のシャープやフラットにいちいちオタオタしなくていいのです。

考えなくてもさっさと手がそのように動くので、ザックリつかんでスンナリ弾くことが可能になってきます。

なぜスケールが必須なのか(ジャズ編)

 

その上でさらに、ジャズにおいてはもっと強力に「必須!」を叫ばなければならない理由があります。

なぜなら、ジャズには楽譜がないからです。

 

ジャズではコードネーム(Cmとか、G7とかのアレ)だけを見て、即興していきます。

コードネームは、合うべきスケールとアルペジオを内在していますので、そのコードに含まれている音を弾かないと音が合わない、ということになります。

なので即興するにあたって、今ここで自分が弾くべき音が何なのか、自分がわかっている必要があります。

 

小節ごと(場合によっては拍ごと)に変わるコードに合わせて、使うべきスケールはガンガン変わっていきます。

いちいち考えていたら追いつきません。

もう自動反応で各調、各和音のスケールを次々出し続ける・・・・そういうハイパーな機能を鍛える必要があるんですね、ジャズをやるには。

 

だからこそ、自動反応で全部の調のスケールが出てこないとどうにもならん、ということになるのです。

だから、必須!必須!といわざるを得ないわけです。

 

もちろんジャズだけでなく、ポップス、ロック等も含め、いわゆるポピュラー音楽の分野ではだいたいがそういうところをベースにしています。

シンプルなロックの場合、そこまでスケールができなくてもやれちゃうのですが、ちょとおしゃれな音楽やアドリブ・ソロをやろうとする場合は、やっぱりスケールは必須と言っていいでしょう。

 

が、しかしねえ。

ここからは現実的な話・・・

みんなスケール嫌いねえ・・


私が過去に音楽学校でピアノを教えていた経験や、大人になってから音楽療法の大学に行って出会った学生さん達を見ても思うんだけど、

だいたいみんな、スケール嫌いねえ。

できない人、多いねえ。

 

ハ長調や、せいぜいヘ長調くらいまではいいんです。

要するに、シャープやフラットが1個2個くらいまでは。

そっから先になると、もうみんな嫌そうで、嫌そうで(笑)。

シャープ、フラット4個5個とかになってくると、だいたい挫折してやってこなくなる人多数・・・でしたね。。

 

しかも、長調はまだいいんです。

短調になると、短音階って2種類(和声的短音階=ハーモニック・マイナーと旋律的短音階=メロディック・マイナー)があるんですが、これがみんな覚えられない。

で、覚えるところまで、やれない。

なぜ必要なのか、私もけっこう説明するんですけどね。

でもだんだん嫌になって、無理ってなって、ペースが鈍くなって、ほったらかしになって・・・

 

まあ私の場合は、音大行く人を教えてたわけじゃないので、嫌なら無理強いしませんでしたが。

「そんなにみんな、嫌なんだ・・」って初めて知りました。

山登りコース?それとも自由散策コース?

 

私にとっては、スケール全部弾けるくらい当たり前のことだったのでわからなかったのですが、こうやって一般の方のレッスンをたくさん見た結果、結局、全部の調をまともにスラスラ弾ける人って、意外と少ないのだなーということが、わかったような気がします。

だからこそ、スケール練習がちゃんとやれる人っていうのはすでに、それなりのところまで音楽ができる素質のある人、なんだと思います。

 

「素質」というのは一つには、「やり続けることができる力」であると私は思います。

それは我慢とかじゃなくて。

それほど我慢して耐えて・・とかじゃないけど、なんかコツコツ積み上げちゃった、というのが本当の「素質」じゃないかと思うのです。

一見つまらないことでも素直にやれちゃうことだとも思うのです。

 

だからある意味、もしあなたがスケール練習そんなに嫌がらずにコツコツできる人なんだったら、そしてそれなりに全調スラスラ出てくるまでやりこんだ人なんだったら、

そんな自分をけっこう認めてあげていいんじゃないでしょうか。

「私、よくやった!けっこう素質はあるかも〜♪」ってね。

 

そういう方はいわゆる王道の、音楽上達・向上の「山登りコース」を歩んでゆかれるとよいでしょう。

向上する楽しみを持ち、高みを目指してがんばる。

その先に、人前で弾くとか、ジャムセッションするとか、録音して発表するとか、仕事にするとか・・・そういう未来が続いていくでしょう。

そんな道は究極、ワールドクラスの遥かなるエベレストまで続いています。

 

逆に、どうしてもスケール練習が嫌で嫌でムリ、「シャープとかフラットとか、どうしても意味わかんないし〜〜」という方は「山登りコース」は行こうとしなくていいかもね。

音楽には、上達・向上を目指す「山登りコース」以外にも、野原を歩き回って楽しければOKの「自由散策コース」もあります。

好きなことを、やれる範囲で好きなだけ。

途中で、お花やチョウチョと出会ったり、時々みんなとワイワイやれればいい。

そのかわり、高いところにはそんなに登らなくてもいい。

そういう方は、ヘンに「山登りコース」目指しちゃうより、「自由散策コース」で楽しく音楽とおつきあいしていけばよいのかなと思います。

 

どっちが正しいとかじゃないので。

自分がどっちを望むのか、ですね。

 

ただ、ほんとに「山登りコース」をやりたいんだったら。

最初に戻りますが、スケールは必須!

長調・短調含め、全調できて当たり前だから。

ジャズの人はさらに、モードとかドミナント系各種スケール合わせて必須だから。

考えなくても手が動くようになるまで

寝てても弾けるくらいまで

がんばるのだ!

 

 

参考記事
基礎練習は本当につまらないのか?

 

 

Pocket

Comments closed